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「お疲れ様。市川さん、横浜だよね? 僕、川崎なんだ。良かったら途中まで一緒にいいかな?」
本音はよろしくない。
2人で帰るなど、何を話せばいいのか分からない。
が、断る理由などない。
「勿論です」
幸いこの時間なら電車は座れないまでも比較的空いているはずだ。密着さえしなければなんとかやり過ごせる。
……甘かった。
近くでイベントでもあったのか、電車の中はわりと混みあっていた。
密着とまではいかないが、七瀬さんと私の距離は近い。
時折、つり革に捕まっている手が七瀬さんの柔らかな髪に触ってしまい、その度に心の中で何度も悲鳴をあげていた。
早く、川崎に着いてくれ。じゃないとキュン死というものをしてしまう。
そんな死因は嫌だ。いや、むしろ幸せか?
あくまで会話は冷静に努めていたので、七瀬さんは私がそんな葛藤をしているとは微塵にも思っていないだろう。
ふと、七瀬さんの左手が視界に入った。そこにあるはずのものがなく、思わず私は呟いた。
「……結婚指輪……してないんですか?」
七瀬さんは「え?」と驚き、それから苦笑した。
「妻とは少し喧嘩しててね……それよりどう? チームの皆とは上手くやってる?」
しまった。触れてはいけない話題だったかもしれない。深く追求するのはやめよう。
「はい。皆さん流石は本社のエリートですね。一緒に仕事が出来て光栄です」
「その中で初めての仕事を対等に出来てる市川さんがすごいと思うよ。林が絶賛するのも頷ける」
「皆さんのお力添えがあるからですよ。それに――」
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