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寒そうに腕組みをして、松田がジュンの脇を通り過ぎ、従業員専用の通路へ歩いていく。背中を向けたまま軽く手を振って来る彼女を見て、ジュンはほっとした。
作業を再開させようと、ジュンがショーケースに向き直ると、また後ろから名前を呼ばれた。今度は男の声。
「田中ぁ、おまえモテモテだなあ」
「そうですか?」
「そうだって」
そういって、ジュンの頭を軽く小突いてくる。日焼けしたごつい手の甲にはドクロマークの入れ墨が入っている。よく言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい態度をとる男――和木わきがジュンの隣に立ち、ジャンパーから半額シールを取り出した。
「手伝ってくれるんですか。ありがとうございます」
それほど嬉しいとは思わないが、有難くないわけでもない。サービス残業が十分から五分に短縮する程度だ。
「松田もなあ、こういうときに田中を手伝えばポイント上がるのに」
和木が長く話せば話すほど、煙草の臭いが鼻孔に入り込んでくる。ジュンは煙草が嫌いだった。煙はもちろん、喫煙者特有の口臭も。
「別に、松田さんは俺のことなんて」
ジュンは言葉を切り、シール張りに専念する。
「気があるだろ、どう見ても。もう一か月になるか? あれでだいぶお前の株が上がったよな」
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