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epilogue:RITSU
タクシーから降りたとたん、視界に桜の花びらが映り込んだ。それらは風に吹かれて、旋回しながら地面へ落ちていく。
もう三月中旬なのだと感じた。肌に暖かい陽気が触れた。
開けたままのドアに体を割り込ませ、車内にいる子供に声をかける。
「おいで」
律は両手を広げた。
子供はすでに、チャイルドシートから普通の座席に下ろして座らせておいた。彼は嬉しそうに笑って、律の腕なか中目がけて体を寄せてきた。
わが子を抱き上げて外に出る。すぐにコンクリートの地面に彼を下ろした。けっこう一歳の子供は重たいのだ。
運転手がトランクからベビーカーを取り出し、律の横に置いてくれる。
「ありがとうございます。今支払いを――」
ズボンのポケットから、玲からもらった数枚の万札を取り出そうとした。交通費として兄に手渡されたものだった。
「いいんですよ。メディカルセンターさんのツケで、ということなので」
そういって運転手はお辞儀をし、車のなかに入ってしまった。
律は運転席に向かって会釈をした。子供が律の足元で座り込み、落ちた桜の花弁を拾い集めている。
「桜っていうんだよ」
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