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「田中律さんですね? その節は私の父が大変お世話になりました」
はきはきとした口調で言い、彼はジュンに向かって深く頭を下げた。
ジュンは訳が分からず、助けを求めるように、近くに立っている小野田の顔を見た。
「ああ、すみません、九条さん。田中には今日あなたがいらっしゃることを伝えてなかったんです」
小野田は慌てたように手を振り、ジュンにも「悪い悪い」と軽く謝ってくる。
「この方は九条さん。前にお前、店で倒れたお客さんに応急処置したことあるだろ? その方の息子さんだ」
「ああ、あのおじさんの……」
ジュンはやっと、今の状況を飲み込めた。
「九条と申します。おかげ様で、父はなんとか意識を取り戻しまして。まだ以前のようには動けませんが、もうすぐ退院できる運びになりました」
ありがとうございます、と言って、九条がまたお辞儀をしてくる。
「いや別にそんな」
小野田がしたように、ジュンも思わず手を横に振っていた。こんなに礼儀正しく謝意を示されたことは今まで一度もなかった。どんな対応をすればいいのか分からず、ジュンは焦った。自分としては、特別良いことをしたという意識がなかった。
「おじさんが助かったんならそれで――よかったです」
自然と口元が綻んだ。
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