ひとりのおふろ

「もうママとは一緒にお風呂入らない。そう決めたの」

　娘の桃香(ももか)が突然の決意表明をしたのは、つい二十分ほど前のことだ。

　特になにか変わった様子があったわけではない。小学校からいつもどおりに帰宅し、おやつを食べて宿題を終わらせ、その後は大好きなアニメのDVDを鑑賞する。夕食には桃香の好きなハンバーグを一緒に食べた。もちろん残さず平らげたし、お笑い番組を観てキャハハと大笑いする様は本当に屈託がない。

　それが一変したのは、夕飯の片付けを終えて「さぁ、お風呂に入ろう」と声をかけた時だった。テレビ前のソファから反射的に立ち上がった桃香は、ハッと動きを止め、逆再生動画のように元の位置へと座り直したのだ。

「どうしたの？」

　きょとんとして尋ねた郁美に返ってきたのが先程の決意表明である。

「どうして急に？　昨日だって一緒に入ったじゃない？」

　夫が帰宅するまでやるべきことを終わらせておく。それが自然とできたこの家のルールだ。桃香もそれはわかっているはずなのだが。