ひとりのおふろ

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 桃香はあっ、という表情を見せたが、ちょっと唇を尖らせながらも、深い溜め息と共に「ママが選んでいいよ」と権利を放棄した。 「わかった。じゃあ入ってくるね」  努めて明るい声で言ったのは怒っていないことを示すためだ。一緒に入った方が水道代等を節約できるという理由もあるが、なによりも桃香との大事なコミュニケーションの一環だと思っている。桃香の気が変わったら、いつでもOKだからね──そんな意味を込めて。ソファに座った桃香は、黙ってコクリと頷いた。 『そういえば……私が一人でお風呂に入り始めたのって何歳からだっただろう?』  洗面所で服を脱ぎながら、ふとそんな疑問が浮かんだ。たぶん小学生の頃だろうが、なにぶん三十年近く前のことだから、まったく記憶がない。    まぁ、いいか……と諦めかけた郁美だったが、浴室に入り、目を閉じてシャンプーをしているさなか、暗い視界にひとりの少女が浮かび上がってきた。  長い髪と整った顔立ち、おしゃれなワンピース。お姫様のような彼女は、ちょっとした侮蔑を込めた笑みを浮かべながらこう言ったのだ。 「やだぁ、郁美ちゃん。まだお母さんと一緒にお風呂に入っているのぉ?」 *     *     *
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