ひとりのおふろ

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「今日から一人でお風呂に入るから」  台所で夕飯の後片付けをする母親の背中にそう言ったのは、その日の夜だった。ちょっと驚いたように振り返った母の顔が鮮明に蘇ってくる。 「どうして? 一緒に入ろうよ」  急になにを言い出すの? 母の微苦笑混じりの声は、事態の深刻さをまったく理解していない。そう感じた郁美の心には、悲しさよりも強い怒りが込み上がってきた。 「どうしてって……どうしてもなの! 私、もう一年生なんだよ。お風呂だって一人で入れるもん!」  ああ、やっぱり母子は似てしまうものなのだろうか。あの時のセリフは先ほどの桃香とほとんど同じだ。  しかしながら、当時の母は郁美のいら立ちに気付かず、真剣に受け止めてはくれなかった。麗子の家ほどではないにしろ、母も共働きで経理の仕事をしていたから余裕がなかったのだろう。 「ああ、そう? じゃあ一人で入ってちょうだい」  心無いと感じたその一言に、わざとドカドカ足を踏み鳴らして風呂場へ向かった廊下の風景は、見る見るうちに涙でぼやけた。  そう、あの日が最初だ。しくしく泣きながら一人でお風呂に入り、そのまま「おやすみ」も言わずにふて寝したあの日。  湯船は足が伸ばせるほど広く、シャンプーの時は後ろにオバケがいそうで何度も振り返った。そのせいで泡が目に入り、散々な一人お風呂デビューだった。
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