端緒

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       ***    二月の第二日曜日。 週休二日制と祝日のため、三連休の二日目であるこの日、亮真(りょうま)は、一ヵ月ぶりに帰った自分の家の自室で、珍しく勉強をしていた。 そして、ある事情でそれをやめた、20分後。 「亮真、いらっしゃい」 母が澄ましてそう言った時点で、亮真にはそれが自分に悪いものをもたらすものだと判っていた。 だから、二階の自室に常に待機させてある靴を急いで取り上げたのだが、その途端に扉が開いた。 「とーまーれ!」 二十代と思われる女性が命じた、その瞬間から、亮真はその場に金縛り。 「お袋っ、やめろっつってんだろおっ!?」 「だって、もうクセになっちゃったんだもの」 おーっほっほ、などと余裕ぶちかましの笑い声。 17歳で妊娠して結婚して子供を産んだ(順序どおりだ)32歳の母は、若さに任せて素晴らしく明るい人だ。 加えて、ある種の能力の強さにより決まる、彼の家、神栖(かみす)家歴代の当主のなかでも、トップクラスの能力保持者。 (こんな危険な女にどうして力やったりするんだよっっ!!) 事あるごとに亮真はそう思う。 彼女の無鉄砲な能力行使の、一番の被害者は、息子の亮真なのだ。 亮真もなかなかの使い手ではあるのだが、到底彼女には及ばない。 「大体、人が呼んだら逃げずにまず来るものでしょ」 なんて常識知らずな子なの、と言うが、自分にない常識を子に押し付けるのはどうかと思うのだ…。 その彼女の後ろから、一人の老人が現れて、言った。 「そうだな、人がせっかくいい話を持って来てやったのに」 先ほど、連れ合いらしい、それにしては上品な老婦人と、一緒にこの家に入ったのを見た。 珍しく向かっていた机とあっさり離れたのは、そのせいだ。 「ジジイの持ってきた話が『いい話』だったためしがあるかっ」 「心外だ」 もっともらしくこめかみに指を当てて、悩む振りをして見せる老人。 彼の本性を知らない母は、唇の端をひきつらせて微笑んだ。 「こおの子ったら口悪くなっちゃってっ」 自分の教育外のこと、と割り切りつつそれでも怒るこの身勝手さ。 そして彼女は、仕置きは間を置かずやるものと知っていた。 「いーっっっ!やばっ、ちょっ、やめっ、マジでやばっ」 亮真は悲鳴をあげる。 母、民子(たみこ)が、彼の腕をとんでもない方向に曲げつつあるのだ。 手を触れずに。
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