端緒

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だが、現在地が判らないのでは、帰りようがない。 「華沼(かぬま)。帰るの?」 「ああ…っと、服がまだ乾いてない…って待て、華沼!?」 少々遅い反応を見せる亮真は、背の低いテーブルから身を乗り出す。 テーブルを挟んで真向かいに、端然と座る薫子は、こくり、と頷いた。 されたくもない、肯定。 「うっそだろー…」 脱力する亮真の記憶によれば、彼はつい昨日、この華沼の学校に通うために、腰を据えている学生寮から、一旦実家に帰りなさいという民子の言葉を真に受けて、重い荷物を一人で抱えて出ていったばかりだった。 亮真の意気消沈ぶりに微かに眉根を寄せて薫子は尋ねた。 「あなたがいたのは?」 「榎戸(えと)」 聞いて、薫子は安心する。 薫子が祖父のように亮真を飛ばすとしたら、空間を強引に繋げなければならない。 それには、繋げる空間をしっかりと掴まえる必要がある。 繋げるもう一方の空間を知っていなければ、それはできない。 だが、普通の交通機関を使って移動できる距離だ。 問題はない。 「わりと近くね。お金なら使えるものがあるわ。今すぐ帰りたいのならその服、貸していても大丈夫だと思うし…」 そう言う薫子に、亮真は噛み付く。 「違うっ!俺が言いたいのはだなっ、人が苦労して出て行った場所にっ、こうもあっっっっっさり引き戻す根性の悪さだよ、あのジジイのっ!!」 どんな苦労かは薫子には知れないが、まあ、祖父の底意地の悪さには納得だ。 「否定はしないけれど…言っていても無駄ではないの?」 「気が晴れる」 「…そう」 薫子が答える間に、亮真はふっと湧き上がる不安に眉根を寄せる。 「おい、思ったんだけど、これで終わりかよ?」 知らせるなら驚かせよう、驚かせるなら多い方がいいだろう、とでも考えているに違いない薫子の祖父のこと。 どこか物足りない、と思ってしまうのは、けしてこれ以上の何かを期待してのことではない。 そう、予感、というものだ。 そのとき、ガラリ、と玄関の扉が開く音がした。 薫子は、馴染みの気配に気付く。 「客か?」 「違うわ」 客、と言えなくもないが、一応身内だ。 やがて、廊下から二人の目の前に現れたのは、二十代の美女。 漆黒の長い髪を高い位置でまとめ、それがまたよく似合う。 多少、きつい印象はあるが、それすらも彼女の魅力として在る。 その彼女は二人を見て、薫子に目を留めると、ふっと笑った。
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