13人が本棚に入れています
本棚に追加
だが、現在地が判らないのでは、帰りようがない。
「華沼。帰るの?」
「ああ…っと、服がまだ乾いてない…って待て、華沼!?」
少々遅い反応を見せる亮真は、背の低いテーブルから身を乗り出す。
テーブルを挟んで真向かいに、端然と座る薫子は、こくり、と頷いた。
されたくもない、肯定。
「うっそだろー…」
脱力する亮真の記憶によれば、彼はつい昨日、この華沼の学校に通うために、腰を据えている学生寮から、一旦実家に帰りなさいという民子の言葉を真に受けて、重い荷物を一人で抱えて出ていったばかりだった。
亮真の意気消沈ぶりに微かに眉根を寄せて薫子は尋ねた。
「あなたがいたのは?」
「榎戸」
聞いて、薫子は安心する。
薫子が祖父のように亮真を飛ばすとしたら、空間を強引に繋げなければならない。
それには、繋げる空間をしっかりと掴まえる必要がある。
繋げるもう一方の空間を知っていなければ、それはできない。
だが、普通の交通機関を使って移動できる距離だ。
問題はない。
「わりと近くね。お金なら使えるものがあるわ。今すぐ帰りたいのならその服、貸していても大丈夫だと思うし…」
そう言う薫子に、亮真は噛み付く。
「違うっ!俺が言いたいのはだなっ、人が苦労して出て行った場所にっ、こうもあっっっっっさり引き戻す根性の悪さだよ、あのジジイのっ!!」
どんな苦労かは薫子には知れないが、まあ、祖父の底意地の悪さには納得だ。
「否定はしないけれど…言っていても無駄ではないの?」
「気が晴れる」
「…そう」
薫子が答える間に、亮真はふっと湧き上がる不安に眉根を寄せる。
「おい、思ったんだけど、これで終わりかよ?」
知らせるなら驚かせよう、驚かせるなら多い方がいいだろう、とでも考えているに違いない薫子の祖父のこと。
どこか物足りない、と思ってしまうのは、けしてこれ以上の何かを期待してのことではない。
そう、予感、というものだ。
そのとき、ガラリ、と玄関の扉が開く音がした。
薫子は、馴染みの気配に気付く。
「客か?」
「違うわ」
客、と言えなくもないが、一応身内だ。
やがて、廊下から二人の目の前に現れたのは、二十代の美女。
漆黒の長い髪を高い位置でまとめ、それがまたよく似合う。
多少、きつい印象はあるが、それすらも彼女の魅力として在る。
その彼女は二人を見て、薫子に目を留めると、ふっと笑った。
最初のコメントを投稿しよう!