第9章 夫婦の証

47/50
前へ
/375ページ
次へ
「許すも何もあるものか。別れ話など切り出されて、何が言える。わたしはそなたの妻なのだぞ」  姫の声が降ってきた。なおも下を向いていると、 「よせ。人目がある」  顔を上げ、欄干の下の前庭に目をやると、見送りのために設営した諸々の物品を片づける人々の姿がある。誰しも作業に集中しているように見えるが、中には階上の二人を盗み見ている者もあるかもしれない。  いや、一人、あからさまにこちらを注視している中年男がいた。その冴えない背格好は、遠目からも見当がつく。シバだ。  王の沓取りであった彼は、もともとがただの下男に過ぎない。主人が亡くなり、テイネの御方も頼りにできなくなった以上、すぐにお役御免となってもおかしくない立場だった。そこを何となく城の雑用をしながら、のらりくらりと居座っているのは、さすがのふてぶてしさとでも言おうか。 「面倒なやつに見られたな。新婚早々、不和などという噂を立てられても厄介だ」  そう言って、マツバ姫は体ごと、夫に向き直る。そしてアモイがその意味を測りかねている間に、長い腕を伸ばして夫の両肩をつかみ、そのまま身体を寄せてきた。  頬と頬とがすれ違う。  二つの影が、一つになる。     
/375ページ

最初のコメントを投稿しよう!

266人が本棚に入れています
本棚に追加