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アモイには、何が起こったのかわからない。しかし確かなことは、彼女の手が背に回され、彼女の体温が胸に届き、彼女の呼気が首筋に触れている。銀の耳環が揺れるたびに、アモイの耳にも冷たい感触が走る。
「あ、あの、マツバさま」
「何をしている。あの狸に、見せつけてやれ」
「……あ、なるほど。では、その、失礼いたします」
とは答えたものの、ためらいを払拭するのに数秒を要した。腹を決めて、恐る恐る腕を開き、姫の肩の後ろに回す。ほのかな薄荷の香が鼻腔を刺激した。
アモイの口から、白い息が空へ立ち昇る。
あの残暑の日からずっと、姫に触れるのを避けてきた。主従として守るべき距離を超えたとき、自分の中にどのような感情が生まれるか、それによって今まで築き上げてきた彼女との絆がどうなってしまうのか、不安でしかたがなかったのだ。
しかし今、アモイの胸にこみ上げてくる昂揚は、恐れていたような類いのものではなかった。
言葉にすれば無礼に当たるかもしれないが、女を抱いているという感覚ではない。と言って、朋友と肩を組み合うような感じとも違う。何か人ならぬもの、この上なく貴いもの、しかしながら壊れやすいものではなく、無尽の生命力を湛えた崇高なもの。そう、たとえば――王家の紋章に描かれている、炎の翼を持った伝説の大鳥。あるいは、泥にまみれた孤児の少女の前に、ある日突如として舞い降りた神。
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