序章

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序章

 はるか遠く眺めやった丘の中腹に、城下にひしめく家並みの向こうに、あるいは頭上に枝を伸ばした木々の梢に。  真一文字に翼を広げて滑空する猛禽の影を認めると、その人は決まって近侍の者に尋ねたという。 「あの鷹は、牡であろうか、牝であろうか?」  もっとも、上空を飛ぶ鳥の雌雄など、地上の素人目に見極められるはずもない。だが「わからない」などという無粋な返事は歓迎されず、当て推量であろうが何であろうが、問われた者は必ずどちらかを答えるというのが暗黙の約束事となっていた。 「あれは、牡でございましょう」 「何ゆえそう思うのか?」  時には、さらに問いが重ねられることもあった。 「羽ばたきが雄々しゅうございますもの」 「ではそなたは、女々しく飛ぶ鷹を見たことがあるのか?」 「いいえ、ですからわたくしは、きっと今まで()(だか)を見たことがないのですわ」  機転の利く侍女が澄ましてそう答えれば、その人もようやく満足そうな笑みを見せた。それからすぐに別の話に移ることもあり、また時には気紛れに、当人のみの知りうる「正解」を披露してみせることもあった。 「あれは牝だ――よく見ておくがよい、そなたが生涯で初めて目にした牝鷹だ」
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