終章

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 庭園に面した陽当たりのよい縁側に、女は一人で座っている。橙色の上衣(うえぎぬ)に白い肩掛けを羽織り、優美な手つきで花を活けていた。  そこへ、男がやってくる。二十代半ばにして一国を統治する、しかし王とは呼ばれないその男は、御殿のどこかにいるはずの妻の姿を探していた。  が、花を活ける女と目が合うと、急に思い当たって声をあげた。 「そうか、今日は祭市か……!」 「ええ。東の若君さまのご婚約記念の」  花瓶からこぼれるように咲く花の角度を調節しながら、女は答える。  男はあきらめた様子で、そのまま縁側に腰を下ろす。体は庭園に向けながら、横目に女の手元を眺めた。義弟の婚約者から妻へ贈られた秋桜の花弁は、陽だまりの中で白く輝いていた。 「また、あの小僧(・・)と二人だけで?」 「あの子に焼いていらっしゃいますの?」 「焼く……というわけではないが。私の後釜として連れ歩くには、未熟すぎる。護衛どころか、余計な騒動を起こして足を引っ張るのが落ちだ」 「もちろんあの方も、おわかりですとも。アモイさまの代わりなど、どこを探してもいないということは」  聡明な侍女は、そう言って慰める。 「……貴方さまにとって、マツバさまがそうであるように」  不意に声が沈んだように思えて、妻によく似た女の顔を見る。するとすぐに、小春のようなあたたかい微笑みが返ってきた。男は頭をかきながら、目を逸らして外を眺める。  その視線の先を、一羽の鳥影が行き過ぎる。  花を活け終えた女もまた、男につられるように薄い雲のたなびく秋空を仰いだ。  黒々と両翼を広げた影は、風に乗って真一文字、はるか山並みへ向かって飛び去っていく。  あの鷹は、牝に違いない。 -第一部 白秋桜篇 了-  ※第二部 赤珊瑚篇へ続く
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