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「志穂! 待ってくれ、僕は、僕は!」
「君、いいからもう行きなさい。学校に遅刻してしまうよ」
渡辺が手を払う仕草をすると、怯えた目でじっと僕を見つめていた志穂が背中を向けた。
「志穂!」
小さな背中に手を伸ばす。その腕を、渡辺が思い切り掴みあげた。
そのまま地面に組み伏せられた僕の視界はぐるりと回り、視線の先には泣きながらこちらに手を伸ばす美咲の姿があった。しかし、彼女の身体は黒服の男にしっかりと抑え込まれていた。
「お兄ちゃん、逃げて!」
「美咲……」
首筋に、痺れるような衝撃が走った。それきり、身体の感覚が消えてしまった。少しずつ、視界が暗くなっていく。
美咲、ごめんよ。幸せな家庭を築くことが出来なくて。
かすかに残った力を振りしぼり、首を横へ向ける。すでに、そこに志穂の姿はなくなっていた。
『おじさん、だれ?』
志穂の言葉が頭のなかによみがえる。
「君の、お父さんだよ……」
僕の意識は、真っ暗な闇の中に飲み込まれていった。
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