6人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
今の家族にはなにひとつ不満はなかった。
前向きな姿勢で家庭を明るくしてくれる父を尊敬していたし、毎日お弁当を作ってくれる母には感謝をしている。明るくて活発で、それでいてもろいところもある美咲に対しては、本当の妹のような気持ちさえ芽生え始めていた。
それでも、由香と志穂への想いはどうしようもなく募っていった。
春も終わろうとしていた蒸し暑いある日、いつものように通勤電車に乗ると由香がそっと身を寄せてきた。
「志穂が、虐待を受けているみたいなの」
僕の耳元で、由香が青ざめた表情でささやいた。六年ぶりに彼女の声を聴けた喜びよりも、その言葉の意味するところに僕は全身の血の気が引いていった。
「間違いないのか?」
「ええ、顔に生傷をつくっていて。私、どうしたら……」
周囲の乗客に注意しながら、僕たちは言葉を交わした。
志穂が虐待にあっている――。
胸のなかが張り裂けそうであった。僕に父親として出来ることはないのだろうか。例えば、どこかに虐待を通報するとか……。しかし、そんなことをすれば僕らが志穂を見守っていたことがバレてしまう。
そもそも、なぜ生傷を作っている子供がいながら、家族管理官はなんの対処もしないのか。志穂は管理官でも口出し出来ないような権力者のもとにいるのかもしれない。
家族交換法が成立してから、子供への虐待事件は増え続けている。当たり前だとも思う。ある日突然あてがわれた子供を、誰もが心から愛せるはずなどないのだ。
陰鬱な事件を新聞やテレビで目にしては何度も胸を痛めていたことが、まさか志穂の身に襲い掛かってしまうだなんて。
「いったい、どうすれば」
なんとかして、志穂を保護することは出来ないか。人がぎゅうぎゅうに詰め込まれた電車のなかで、僕は思考をめぐらせた。
最初のコメントを投稿しよう!