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「えっ。ミホちゃん……味噌汁に牛乳とハチミツって。それ、もう別次元のものでしょ」
時刻は夜の8時。
場所は、私のお気に入りの店サンカフェだ。
私の最近のマイブームの話に、カウンター内でカクテルを作るレン君が、思わず絶句する。
このサンカフェという店は、昼はランチをやっているレストランで、夜はバーへと様変わりする。
ランチで出てくる料理はどれも絶品だし、バーで提供されるカクテルも、どれも飲みやすくて美味しい。
今の会社のすぐ傍にあるこの店は、会社の人間達がこぞって通う人気の名店だ。
かくいう私もこの店の常連の1人で、働き始めてから、ほぼ毎日通っている。
「はい、甘いやつ」
そう言って、レン君が日替りで、おすすめのカクテルを目の前にそっと出してくれる。
レン君は、このサンカフェのオーナーでパティシエだ。昼がメインで働いているけれど、夜の9時くらいまでは、趣味だと言って、こうしてカクテルも作ってくれる。
カクテルの名前も、大人になって少しは覚えた。でも、ここではいつもおまかせだ。
「苺のフローズン。美味しそう」
「苺の美味しい季節だからね」
そう言って、いつものように優しく笑った後、途端にレン君の顔が、再びしかめっ面になった。
「ミホちゃん、味噌汁に牛乳とハチミツはちょっと……」
すると、1人でカウンターに座っていた私から、2つ席をあけた場所に座っていた黒シャツ姿の男性が、珍しく私を擁護した。
「普通は、みりんを隠し味に使うもんなんだがな。レン、なんなら今度まかないで作ってやろうか?配合する分量さえ間違えなけりゃ、コクと旨味が出る。美味いぞ」
飾り気のない服装。すらっとした背中。彫りが深く、目つきの鋭い顔。ごつごつした骨ばった大きくて指の細長い手。
私は、この男にずっと片想いしている。
このサンカフェのシェフである、三吉忍に。
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