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彼女はポンコツ
案内されたのは、彼女の自宅だった。オートロックのついたエントランス。それだけで、俺が住んでいるボロアパートとは雲泥の差だ。
その最上階に位置する、彼女の部屋。中は、生活感がないほどひどく片付いていて、人の家というより、ホテルの一室のようだ。
皮張りの美しいつやを放つソファーに腰かけ、彼女はテレビをつけた。見慣れないニュース番組が流れている。
米ドル、ユーロなど外貨の動向が、政治経済ニュースと関連付けられて述べられている。キャスターと思わしき人物が、延々と抑揚のない声でニュースを読み上げる様子は、どこか見覚えがある。
「あ、あの――」
「ああ、お腹減ったから、なんか作ってよ」
早速、パシリかよ。
コンビニでいいですか、と言うと、彼女は膨れっ面を向けてきた。
「え~っ、臼井くんの手作りがいいなあ」
臼井というのは俺の名字だ。
臼井幸夫。親父は幸せな人生を歩んでほしい、と幸の字を入れたらしい。しかし、これは苗字と組み合わさることによって「幸が薄い」という意味になっているのでは、と考えてしまう。
「私はとんと駄目だから。冷蔵庫にあるやつ使っていいから」
キッチンに立つ。料理はとんと駄目と言いながら、キッチンにある料理道具一式は立派なものだ。フライパンや鍋が大きさの違うものが三つも四つもある。この、俺の背丈を優に超える巨大な冷蔵庫だってそうだ。料理をしない人間の持ち物とは思えない。
首をかしげながら、俺は冷蔵庫の扉を開ける。中には、牛乳パックと、紙パックコーヒーだけが入っていた。
ミルクコーヒーしかできねえ。
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