マネキンと同居する男

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 淡いピンク色のスーツを着たマネキンが幸田にそう言って、微笑みかけた。そのマネキンに呼応して、他のマネキンも次々「おかえりなさい」と言った。 「ただいま」  幸田は一足しか持っていない靴を脱ぎ、豆電球が灯った四畳半の部屋へ足を踏み入れた。所狭しと並んでいるマネキンは、洋服屋に並べられているような肢体が無い中途半端なものでは無い。顔から足先まできちんと人間の形をしており、全て女性の形を模している。  顔はみな一様に細い眉に少しつり上がった瞳、鼻筋はすっと通り、笑み湛えているが、服装はバラバラだ。淡いピンク色のスーツを着たマネキン以外にも、キャリアウーマン風のマネキン、マキシワンピースに麦わら帽子を被ったマネキン、パーカーにGパンを履かせたマネキン、体操着を着たマネキン、マイクロビキニのマネキン、メイド服のマネキン……数えたらキリが無い程、彼の部屋は顔が同じで衣装だけ異なるマネキンで埋め尽くされている。    唯一、彼に与えられたスペースは、天井の豆電球の下だけだ。そこで彼は生活の全てを行う。 「今日、廊下で作田とすれ違った。あいつは廊下ですれ違う度に明らかに軽蔑するような眼差しを向けてくる。あいつは俺が何かしようとすると邪魔してくる。あいつのせいで俺は辱めを受けた。あいつが死ぬほど憎い」     
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