氷海鳴き

2/15
前へ
/15ページ
次へ
*** 「これが新しい観光ポスターか」  私が五歳の頃、役所の前を通りがかったところで潤ちゃんが言った。  潤ちゃんは、五つしか離れていないというのに振る舞いや口調はしっかりしていて、当時の私からすれば大人のようだった。私の歩幅に合わせていた歩みが、立ち止まりそうなほどゆっくりとしたものへと変わる。その視線は掲示板のポスターに向けられていた。 「ことしは、おじさんの写真をつかっているんでしょ?」 「うん。これは僕の父さんが撮ったものだね」  潤ちゃんは、父親が撮った写真が採用されていることが誇らしかったのか、その目を糸のように細くしながら白い写真の隅から隅までをじっくりと眺めている。その瞳にきらめくものが見えてじいとみつめていると、私の視線に気づいたらしく、照れくさそうに微笑んだ。  このまちにはいくつも観光名所があるが、最も有名なものは流氷だ。オホーツク海沿岸に位置するここでは、真冬の一時期だけ流氷を観測することができる。     
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加