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「ねえ、他のことをしようよ」
私が考えこんでしまったことで不穏な空気が流れかけたものの、潤ちゃんの一声で払拭された。
「写真を撮ってあげる」
潤ちゃんは「ちょっと待ってて」と言い残して、部屋を出て行った。そして戻ってきた時には、その手にカメラが握られていた。
潤ちゃんの父親は写真撮影が趣味で、出かける時はいつもカメラを持ち歩いている。気軽に撮影できるコンパクトなものから、長いレンズを取り付けて使うものまで。それが高級なものだということは私もわかっていて、自慢げに取り出されても触ろうとはしなかった。その一台を持ってきたのだ。
「それ、つかってもいいの? おこられない?」
「大丈夫だよ。父さんに話してきたから」
怖がる私を安心させるよう微笑んだ後、切れ長の瞳がすうっと細くなる。
レンズを向けて、ファインダーを覗き込む。小さく飲みこんだ息はそのまま、私からは見えなかったが、潤ちゃんは真剣な表情をしているのだとわかった。
部屋が切り取られた空間のように静まる。その静けさは冬。動けば痺れてしまいそうな緊張に包まれ、しかし不思議と居心地は悪くない。
かちゃん、と軽い音が弾んだ。
張り詰めていた糸が切れて、私はゆるゆると唇を動かす。
「どう?」
「撮れた……と思う。現像してみないとわからない」
「ゲンゾーしないの?」
「家に帰らないとできないんだ。ねえ、もう少し撮ってみてもいい?」
写真を撮られている。いとこの潤ちゃんに。何もおかしなことはないのだが、腹の奥からむずむずと高揚感が沸き、私は頷いていた。
再び、軽い音が弾む。
張り詰めて、解けて。繰り返し訪れる静けさは寄せては返す波に似ていて、かちゃんと響く音はカメラが持つ波音。これは冬の海だ。私はおじさんが撮った流氷の写真を思い出し、あの氷たちもこの緊張感を味わったのだろうかと思いを馳せた。
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