Tuesday

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「ジュー」  挽肉の焼ける香ばしい匂いが漂うリビングに、風呂を済ませた義男が現れた。 「おーっ!手ごねハンバーグか」 大口を開ける程に肉厚のあるハンバーグを一口頬張ると、 大量の肉汁が溢れ出す。    夏美の得意料理の一品だった。 「あぁ。旨い!」 グラスのビールとハンバーグで上ご機嫌の義男は、 夏美の首元の赤いアザなど気づく気配は全くなかった。  21時を過ぎた頃、グラス片手にテレビに釘付けの義男は興奮していた。 「おい!夏美、始まるぞ」 主人が呼ぶ声と同時に、 「カーン」 ゴングが鳴り響いた。  テレビに視線を向けると、そこには数時間前までベッドを共にし、 背中には夏美がつけたであろう、爪痕が赤々と残る山神翔がいた。 「ヨシ!今日も1ラウンドKO頼むぜ」 そう話した直後、テレビから聞こえる解説者が異変を伝え始めた。 「あれ、今日の山神選手おかしいですね。 いつもの気迫が全く無く、ガードの位置もかなり低い」  その異変は、解説者だけではなくファンの義男も気が付いていた。 「おい!どうした翔、もっと足使わなきゃ」 そして、ゴングは鳴り響き―― リングの上に横たわる山神翔の姿が、 その傍らには、セコンドが投げ込んだ白いタオルが落ちていた。 それは、戦意消失、試合放棄による敗北を意味している。 「なんと言う事でしょう!予想だにしなかった事態です!」 14戦防衛の歴史的瞬間を期待した会場内は、罵声が響いていた。 同じように、リビング内でテレビを消す不機嫌な義男の姿があった。 「何やってんだよ。初めから足フラフラじゃねえか、 女とやった後でもあるまいし、しっかりしろよな」 「残念だったわね」 主人の言葉に共感するように、夏美は優しく囁き 口元に微笑みを浮かべながら、食器を洗っていた。 そのしたたかな仕草の意味するもの―― 歴史的14回防衛戦を阻止したのは、 挑戦者ではなく―― わたしよ……。
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