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光と影に染められて
翌日の十五日は、朝から緊張していた。私も、おそらく花織も。
事情を知らない五郎さんと十和子さんは、いつも通り明るく私に接してくれた。
「どうだ、せっかくだからみんなで出かけるか」
五郎さんが陽気そうに言う。仕事が忙しいようで、五郎さんは昨夜、ようやく家に顔を見せたのだ。休みも今日一日だけだという。
「そうね。みんなで外に出るのもいいかもね」
十和子さんも賛同した。
二人が行くと言ったら、私も大抵はそれに従う。
今日は出かけたいとも思っていた。家の用事という名目があれば、あの女に会いに行かない自分に言い訳ができるからだ。
「千沙、どっか行きたい場所あるか?」
「海を見に行きたいです」
私は即答した。ひとまず長野から離れようと考えた。
「海か。そういやみんなで行ったことなかったな。いい機会だ」
「あの、海水浴はいいです」
「ん? 見るだけってことか?」
「できればそのほうがいいです」
あはは、と適当にごまかし笑いをした。泳ぐのは嫌いではないが、五郎さんに水着姿を見られるのは恥ずかしい。
「まあ千沙が言うならしょうがねえな」
五郎さんは少し残念そうな顔をした。
朝食をとった後、みんなで出かける用意をした。専属運転手の中島さんはお休みなので、五郎さんが運転してくれるという。
私は出かける時のための白いワンピースを着た。両親にはよくワンピースを着せられていたので、この格好が一番自然に思える。
「千沙ちゃん、これかぶってきなよ」
玄関で十和子さんから麦わら帽子を受けとった。ワンピースに麦わら帽子。なんだかお嬢様みたいだ。いや、お嬢様か、今は。
五郎さんのBMWに乗って出発した。五郎さんと十和子さんが前で、私と花織が後ろだ。
車内には外国のロックが流れる。日本のバンドにしか興味のない私にはまったくわからない。
「千沙さん、大丈夫ですよね」
大ボリュームに声を隠すように花織が話しかけてきた。
「わかんないけど、だんだん、行ったほうが危ないかなって思えてきちゃってさ」
「そうですよね。でも、行かなかったから、相手が怒ってうちに押しかけてくるなんてことはないですよね。そのことを考え忘れていました。千沙さんが襲われたらって思うと、怖くて」
「今は考えないでおこうよ。二人いればきっとなんとかなるはずだよ。……そう簡単には死んでやるもんか」
一度は生まれることなく死んでいる。今度は、自分の思うように死んでみたい。
「そう、ですね」
花織はようやく晴れ晴れした顔になった。
「わたしも、なにかあったら千沙さんを守ります」
「あ、言ったな。私より年下のくせに」
花織の頬をつまんで引っ張る。
「うー」とうなりながら、花織が反撃してくる。お互いに頬を引っ張り合う。花織の横に伸びた顔が面白くて、私は大声を出して笑ってしまった。花織も私の顔がおかしかったようだ。顔を真っ赤にして笑い出した。
「なんだなんだ、盛り上がってるじゃねえか」
「ちょっと、面白くて……」
笑いすぎて息が苦しい。花織も息を荒くしている。なぜかそれが面白くて、さらに笑いが重なった。それに釣られたのか、五郎さんまで爆笑していた。久々に、心の底から笑ったように思えた。
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