海 ~カイ~

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 西洋育ちの海は日本語が全く喋れなかった。だから海が何かを話す時、母も義父も流暢な英語を使って大げさなジェスチャーで笑い合った。  その度に私は独りぽつんと取り残される。  家の中だけは私の独壇場のはずなのに。家の中だけは。  私はむくれてそっぽを向いた。  最初こそなだめていた母も、そのうちうんざりしだし、やがて私の言動を叱るようになった。  取り残され、むくれて、叱られる。  毎日、毎日。  そんな日々が続いた。  海が来て、母は私に冷たくなった。  海が綺麗な顔をしているからだと思った。綺麗な子供ができたから、普通の私なんていらないんだ。きっとそうだ。  そして、また叱られる。 「結奈は日本人で日本語を話せるでしょ? でも海君は知らない国に突然連れて来られて、言葉もわからないしとても心細いの。それくらいのことが、どうしてわからないの? ああ、情けない」 「だって」 「言い訳しない! 海君と結奈は学年も同じなのよ。もっと仲良くしてあげなさい。海君はいつもニコニコして可愛らしいのに、どうして結奈はそんな顔しか出来ないの。情けない」  母は私が頬を膨らます度に「情けない」を連発した。その母の言葉に、心がザクザクささくれ立つ。  義父は申し訳なさそうに時折私を抱き寄せ頭を撫でた。 「ごめんな、結奈。海が馴染むまで辛抱してくれないか」 「……うん」  義父の前ではいい子でいたい。だけど、もっとあたしを見て欲しい。もっと、構って欲しいんだよ。  ただそれだけなのに。  頭の中がぐちゃぐちゃだった。  苛立ちは、全て海へ転換されていく。  あんな子、いなくなればいいのに。どっか行っちゃえばいいのに。  全部、あの子のせいだ。  三人が訳のわからない言葉を喋る度、私はきつく海を睨みつけていた。
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