セミとハワイと碧い海

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 海が日本に来て丸一年が過ぎた、小学4年生の夏休み。  その日海は、ケヤキの幹の上で異国の歌を歌っていた。久しぶりに聞く海の英語。  いくら勉強しても英語が話せない私と違い、海はあっという間に日本語をマスターしてしまった。  おかげで言葉の壁も取り払われ、私たちはすっかり仲良しになっていた。 「~~~ ~~~ ~~~♪」  海の透き通ったソプラノは、風鈴みたいに真夏の暑さに涼をもたらし、やかましいアブラゼミの鳴き声すら忘れてしまう。隣で耳を傾けながらそこそこ音痴な私はちょっぴり羨む。  私たちは、その日も神社公園にいた。  そこは小高い丘の上にあり、根元が腐った古い朱塗りの鳥居とキーキー音がうるさいブランコ、端をちょろちょろ流れる小さな川があるだけの公園で、近所の子供たちがつまらな過ぎて寄りつかない場所を、私と海は気に入っていたのだった。  殊更、でんと生えた樹齢何百年かしれない大きなケヤキの木の上から遠くの海(うみ)を望むのが好きだった。 「あの海(うみ)のず~っと、ず~っと先にちょ~っと見える陸みたいなのって、海(カイ)の国のイギリスじゃない?」  自分の大発見に興奮気味の私に「そうだったらいいなぁ」と、海(カイ)が笑う。  そのず~っと先に見えるものが同じ日本だったなんて、あの時の私は夢にも思わなかったのだ。ずばぬけて賢かった海(カイ)は、きっとあれがイギリスではないことを知っていたに違いない。  優しい海(カイ)は無邪気に喜ぶ私につき合ってくれたのだ。
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