セミとハワイと碧い海

5/10
前へ
/354ページ
次へ
 青葉がカサっと揺れて、セミが一匹飛んで いく。 「うわっ、おしっこかけられた」  海(カイ)が頭をブンブン振ると、こげ茶色の細く柔らかい髪の毛がサラサラ揺れた。 「海(カイ)がぼけっとしてるからよ」  呆れる私に「ぼけっとしてるかな~?」と、海が形の良い眉をちょっとだけ寄せる。  夏休みの間、私たちは早朝6時30分のラジオ体操のハンコを貰うと駆け足で家に戻り、コーンフレークに牛乳をぶっかけた朝食をかきこんで、母の作ったサンドイッチを保冷剤入りの袋に詰めて氷入り麦茶の水筒と一緒にリュックに入れて自転車で公園に急行していた。  何もない公園だけど、丘の上のせいか真夏の昼間でも風がよく通り、わさわさと葉っぱをつけた大きなケヤキの木陰は誰にも教えたくない心地よさだった。 「そういえば、宿題まだ全然手を付けてないや。海(カイ)は?」 「僕も。でも、ぱらっと捲った感じ簡単だったから三日あればできるよ」  そんなことをさらりと言ってのける。  それくらい、海はずば抜けて賢かった。  たった一年足らずで日本語をマスターしたばかりでなく、漢字でさえ生粋の日本人である私より多く覚えていた。昨年怒りで握りつぶした通信簿より、その年の私の成績はほんのり良かったけれど、海の完璧な通信簿の前では全く歯が立たなかった。 「海は天才だからいいな~」  海がたまにするお手上げポーズを真似て肩をすくめると「結奈のも手伝ってあげるから、大丈夫」と、満開のヒマワリみたいに笑う。  その頃の私と海は、本物の姉弟以上に仲良しだった。  たぶん、目に見えない家族の歪みがそうさせたのだ。
/354ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加