夏の憧憬

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今日は特別な日だ。 恋焦がれた貴方と、海を見に行けるのだから。 助手席の窓から覗いた景色は、何もかも、すべてが綺麗に見える。 だだっ広い田園、錆付いた工場、荒地に寂しく立ったテナント募集の看板まで なにか神聖な、特別な意味をもったものに見える。普段は嫌悪している物々なのに どうして今日は、こんなにも美しく見えるのだろう。そう思うと可笑しくなった。 好きな人の助手席には不思議な魔力があるのだ。私は存分にその幸福を味わう。 オレンジ色に染まった海は、今まで見たものの中でいちばん綺麗だった。 テトラポットへはしゃいで登る貴方。その温かな手をとって登る私。 まるで映画のヒロインのようで、私はとても、とても幸せだった。 そして、貴方も楽しそう。こんな、無垢な少年のような所を見せられると もっともっと貴方を好きになってしまう。 「私は、貴方に、恋をしている」 この感情は確かで、前々から大切にしているものだ。でも、今日でおしまいにしなくては・・ 貴方は来月、本当に愛している人と結婚する。 今日は貴方と会う最後の日。私にとっては特別な日。 でも、きっと、貴方にとっては特別な日ではない。 今日の私にとってはかけがえのない情景も、会話も、貴方の中ではただの日常として、風化されてしまうだろう。 でも私は絶対に忘れない。今日という日が貴方の記憶に残らなくても、思い出として私が生き残らなくても、私にとって最後の、「特別な日」なのだ。 必ず笑顔でさよならをしよう。綺麗にお別れしよう。 そう強く思いながら、貴方と観た花火は苦しいほど綺麗で、切なかった。 あのとき、私は泣いていたのだろか。笑っていたのだろうか。 ぼんやりとした記憶を辿りながら、一筋の涙が今、静かに零れ落ちた。
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