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吹雪いた日
山小屋の中で男達は暖炉の火を囲んで、互いに持ち込んだ酒とその肴を口にしながら大いに笑って歓談をしていた。彼らが連れてきた猟犬は夜更けを過ぎて騒ぎ続ける男らを尻目に、土間で身を寄せ合って眠っていた。
彼らは猟師であった。とは言ってもただ一人を除いて本業ではなく、ふもとの開業医や農家連中、都会が嫌になって疎開してきたばかりの若いエンジニアもいる。生業として狩猟を行う者は山小屋の所有者だけだった。
男だらけの空間に山小屋の主の妻がの紅一点だが、彼女は犬と同じように騒ぐ男から距離を置いて眠っていた。厚い木でできたドアをひときわ強い風が叩いたが、意に介さず彼女と犬は眠り続けた。
最も静かにしている山小屋の主は酔いが回って騒ぐ男を眺めながら溜息を吐いた。彼は狩猟後の慰労会ならいつも許しているが、こうして泊めるつもりは全くなかった。しかし天気が急変して吹雪きだしたため特例で滞在させている。
次に静かなのは若いエンジニアだった。眠りに就いている者を気にかけて、年長者から弄られても静かに応対している。酒の量も彼はかなり控えめだった。
「えっ? ケンさんが?」
暖炉の火を見ていた山小屋の主は不意に自分の名前を出されて振り向いた。彼を呼んでしまったエンジニアは視線をあたふたと動かした。
「なんだ?」
角張った声だったが、それでも彼としては最大限の柔らかさの表出を心掛けていた。
「遭難話っす」
エンジニアと話していた一人が質問に答えた。それだけでケンはおおよその内容を察した。
「余計な脚色すんなよ」
「あっ、ならケンさんの口からというのは」
ケンは釘を刺そうとしたつもりだったが、却ってカウンターパンチを浴びてしまった。エンジニアは興味のないフリをしていたが、それが演技なのは彼に良く伝わった。彼はまた溜息を吐いた。
「そこそこ前の話だ」
ケンが口を開くとさっきまで騒いでいた連中がしんと静まって、彼に注目した。急に静かになってむしろ驚いたのか、起きてケンの方を見る犬もいた。
「ちょうど、これくらい吹雪いた日だったか」
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