穴持たず

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 最後に風が彼の求める形を取った瞬間、彼は撃った。銃は跳ね上がって手に衝撃が広がり、スコープの視界からは牡鹿の姿が消える。銃声は山の間に木霊して長く残響した。彼は目を瞑って何回か深呼吸をしてから立ち上がった。彼の目は雪面に血しぶきを飛ばして倒れる鹿の姿を捉えた。  彼がボルトを引くと真鍮製の空薬莢が宙を舞い、雪の上に落ちるとまだ熱を帯びているそれは沈み込んだ。雪の中から空薬莢を回収して彼は牡鹿の元に向かう。山を下りては登って難なく彼は辿り着いた。  弾丸は鹿の胸に命中して貫通しなかった。良く研がれたナイフを鞘から抜いた彼はまだ息が残る鹿の首に突き刺し、少し捻って引き抜いた。急激に放血され、鹿の体から力が抜けた。それを見た彼は横たわる鹿の腹にナイフで縦に切り裂いた。肋骨の部分で詰まっても、胸骨の間に刃を当てて開く。乱雑な動きの中には内臓を傷付けない丁寧さがあった。  まずは直腸部を見つけて切断し、消化管の内容物を漏らさないように内臓を掻き出す。最後に食道の部分を切って完全に内臓を取り外した。雪に掘った穴の中に内臓を入れ、上に雪を被せて隠す。深度は浅く、冬場でも活動している狐や狼のエサになってしまうが彼はそれを認めていた。     
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