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雨はその後、地面を叩くような豪雨となった。
視界もきかぬ、この状況で移動するのは自殺行為といえた。
このあたりの地理に詳しい農夫の道案内で、ふたりは街道をそれた。
木々の中に眠る、雨露をしのげそうな石造りの廃墟へと避難する。
どうにか火をおこして、暖をとり、つれづれなるままに会話をした。
農夫は、ノギトと名乗った。
ノギトは男にも名前を尋ねたところ、彼は無愛想に、
「名、そうだなあ……虎とでも呼んでくれ」
と、その場で思いついたような、適当なことを言っている。
虎は背中の剣をおろし、手入れをはじめた。
風変わりな剣だった。聞くと、カタナというらしい。
従来の剣と比べると、刃の部分だけで出来ているように見える。
ずた袋から拭い布をとりだして刀身の汚れをふきとり、打ち粉を振っている。
焚き火の明かりを浴びて、刃先がぬらりと紅に燃えている。
刀の柄は外そうとはしない。こいつは特殊でね、と笑った。
確かに刀身も長いが、柄もすこし長いようだった。
奇妙なことに、柄頭には留め金がついている。
「おまえさんはどこから来たんだね」
ノギトは素朴な疑問を口にした。
彼が住む村にも、たびたび冒険者は訪れる。
しかし、彼が眼にしてきた剣士たちと、この虎は何もかもが異質だった。
虎はノギトを見かえした。
炎の躍る鋭いまなざし――しかし、その瞳に殺意はない。
ふっと柔和な笑みを浮かべると、
「そんな昔の事は忘れたよ」
「いやいや、そんな筈はあるまい」
ノギトは渋面をつくった。
虎は笑みを浮かべたまま、ふと、遠くを見るような目つきになった。
「長いこと帰ってないが――はるか東のほうにある、海のむこうの島国さ」
「ほう。それにしては、流暢にこのあたりの言語を話すの」
「生きるためだからな。まあ覚えるしかない」
「で、そんな遠方からこんな鄙びた場所まで、はるばる何しにきなすった」
「まあ、ぶらぶらと」
「……本当に変わったお人だ」
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