第一章

2/8
前へ
/64ページ
次へ
 風の強い午後だった。  空のどこかで、かすかに雷鳴がとどろいた。  その音を聴いた農夫は、からになった荷車を停め、苦々しげに空を睨みつける。   空の雲が、昏く重く、数を増している。  空気が肌で感じられるほど湿気を帯びていた。  ひと口、革水筒の水を飲むと、農夫はフェルト帽を目深にかぶりなおした。 「雨の前に距離を稼ぐか」  農夫はひとりごちると、彼は荷車を引く手に力をこめた。  町での取引が無事にすんで荷がさばけたのはいいが、手元にはその代金がある。 「雨も厄介だが、このへんに出没する野盗どもに出会ったら・・・」  彼は身震いした。  このあたりには樹木がおおく、見通しがわるいのも気になる。   戦争が終わって六年。少しは暮らしが楽になると思ったが、実際は大違いだった。  闘うしか能のない傭兵どもが、食い詰めたあげくに野盗やおいはぎになり、どこの領地も対策に大わらわと聞いた。  治安の悪化で、こうして郊外を歩くことすら危険なのだ。  本来ならば、友達の農夫が同行してくれる予定だった。  だが、折悪しく風邪をひいてしまったとのことで、無理をさせるわけにもいかない。 「なあに、行きは大丈夫だったのだ。帰りも気楽なものさ」  自分を励ますように、農夫はつぶやく。  しかし、いいしれぬ不安がひしひしと胸中を占め、どう仕様もない。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加