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風の強い午後だった。
空のどこかで、かすかに雷鳴がとどろいた。
その音を聴いた農夫は、からになった荷車を停め、苦々しげに空を睨みつける。
空の雲が、昏く重く、数を増している。
空気が肌で感じられるほど湿気を帯びていた。
ひと口、革水筒の水を飲むと、農夫はフェルト帽を目深にかぶりなおした。
「雨の前に距離を稼ぐか」
農夫はひとりごちると、彼は荷車を引く手に力をこめた。
町での取引が無事にすんで荷がさばけたのはいいが、手元にはその代金がある。
「雨も厄介だが、このへんに出没する野盗どもに出会ったら・・・」
彼は身震いした。
このあたりには樹木がおおく、見通しがわるいのも気になる。
戦争が終わって六年。少しは暮らしが楽になると思ったが、実際は大違いだった。
闘うしか能のない傭兵どもが、食い詰めたあげくに野盗やおいはぎになり、どこの領地も対策に大わらわと聞いた。
治安の悪化で、こうして郊外を歩くことすら危険なのだ。
本来ならば、友達の農夫が同行してくれる予定だった。
だが、折悪しく風邪をひいてしまったとのことで、無理をさせるわけにもいかない。
「なあに、行きは大丈夫だったのだ。帰りも気楽なものさ」
自分を励ますように、農夫はつぶやく。
しかし、いいしれぬ不安がひしひしと胸中を占め、どう仕様もない。
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