ミセスロビンソンと迷える子羊たち

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 祖父ちゃんがこの映画を幼い俺に見せた理由はよくわからない。今の時代はネット検索すれば、この作品の個人的解釈がごまんと表記される。だが、それらを読んでもピンとくるものがなかった。  もしかしたら、人生には誘惑という壁が多いということ、教えたかったのかもしれない。そして、その場の感情に流れされず、計画を立てて生きていけるようにと、伝えたかったのかもしれない。  一度も会ったことがない、これから一生会うこともないだろう父親は、後先を考えず己の欲望に屈し母ちゃんを妊娠させた。そして、俺という現実を受け入れることなく、母ちゃんの前からそそくさと逃げ出した。  そんな父親の忌まわしきDNAを引き継いだ俺は、これからの将来しかと戒めて生きていかなければいけないのだ。「卒業」という一本の映画を通し、人生の教訓を得たような気分だった。  だが、これら全ては俺の深読みに過ぎない。肝心の祖父ちゃんからは何一つ教訓めいた話を聞かされていないのだ。単に大好きなサイモンとガーファンクルのメロディが楽しめる、一度で二度、三度おいしい映画だったから、好んで見ただけなのかもしれなかった。 「サウンド・オブ・サイレンス」、「ミセス・ロビンソン」、「スカボローフェア」などの名曲が耳に心地よいサントラ盤は、今もカフェのBGMとして使用している。映画を知らない俺と同年代の客からの評判も上々だが、あえてサイモンとガーファンクルの写真は見せないようにしている。  人は見た目が九割だというではないか。俺も偉そうなことを言えるような容姿ではないが、たとえ変態嗜好であってもベン先輩の方が俺よりずっとモテるのは確かだった。
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