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けれど、幼子の思いが魔獣に伝わるわけもなく。
魔獣にあるのは、本能。純粋なまでの悪意と、食欲のみ。
見るからに弱っているのに、まだもがき、逃げようとする弱き小さな生き物。
魔獣たちは本能に忠実で、憐れむ、見逃す、などといった感情を持つことはありません。
切り裂かれた背中から赤を広げながらもまだ諦めない幼子を下弦の月のような眼が見下ろし──幼子の、地面を蹴る足に、鋭い鉤爪を奮って深い傷を付けます。
「──…ッッ」
幼子の口から飛び出す、声なき悲鳴。地を蹴る足は力をなくし、痛みからビクビクと痙攣します。
いよいよ逃げる術を失った幼子は、涙に濡れた、絶望に染められた瞳で魔獣を見ました。
魔獣の真っ黒に塗り潰された顔が奇妙に歪みます。絶望し、死を覚悟した様子の獲物に。魔獣は神経を逆撫でるような、嫌な嗤い声を上げ──幼子の命を狩り取ろうと、血に濡れた鉤爪を振り上げます。
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