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普通の子供にするように、抱き締め頭を撫でて安心させられないとなると、言葉をかけ、幼子の意識を怖いもの、嫌なものから背けさせるしかありません。
お世辞にも幼子の相手をするのに慣れていない、しかも普段はあまり喋らない男は、また暫く頭を悩ませますが。
仕方ないと心中で呟き、口を開きます。
「──ルカ。ルカだ」
夜の帳が下り、生き物たちが静かに眠る森の中。男の決して大きくはない声が、苦しがる幼子の耳に届きます。
幼子は毛布の中から男を見ました。涙で潤んだ大きな瞳、その視線を受け止め、男は一人言葉を続けます。
「……俺の名だ。呼び辛ければ好きに呼べばいい。…名を聞いたなら、こちらも名乗るのが礼儀だろう」
正確には、男は幼子の名前を知ることができませんでしたが。彼自身、幼子が名乗ることはあまり期待していなかったので、結果的に一方的な名乗りとなります。
突然告げられた男の名に、幼子はきょとんと瞳を瞬かせますが、そんな彼女を黄金の瞳がじっと見つめるので、幼子ははくりと唇を動かしました。
『……る、…か……?』
やはり、紡がれる言葉に音はありません。
けれど男の耳には確かに名を呼ぶが聞こえたような気がして、無意識に、ゆるりと目元を和らげます。
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