第4章 帰還せしモノ

12/49
前へ
/2335ページ
次へ
  その日の夜、場所は品川にある東雲製薬本社ビル。通称   象牙(アイボリー)(タワー)の地下、一人の男性が   エレベーターに乗ってそのまま下の階に進んでいた。男は   黒のスーツを身にまとい脇にはタブレット端末を挟んでいる。   やがて地下の最下層にエレベーターがさしかかるとゆっくりと   扉が開いた。扉から男が歩を進める。ここはかつて東雲製薬   第一研究所があった場所で象牙(アイボリー)(タワー)は   その上に建てられたものだった。第一研究所は当時の建物としては   堅牢な作りになっておりそのまま基礎を流用して今のビルが建築された。      この地下研究所は今でも稼働できるのだが、周囲は薄暗く誰かが   働いている様子はなかった。閑古鳥が鳴いているとも言える。   男は真っすぐ奥まで歩いていく。奥には小さな小部屋があり   そこには一人の男性が何かの作業をしていた。顕微鏡を眺める   その姿は50歳から60歳くらいの年齢に見える。     だがその年齢にしてはしわやシミが極端に少ない。肌の水分も   保たれており、白髪も全く目立っていなかった。   「天野博士。お久しぶりです。」   スーツの男は声をかける。天野博士と呼ばれた初老の男は   顕微鏡からゆっくりと両眼を外した。   「何の用だ……。いまは忙しいんだ。」   天野博士はぶっきらぼうに答えた。男は気にせず続ける。   「単刀直入に言います。研究予算の打ち切りが決まりました。」   「なんだと?」    天野博士は憮然とした表情を見せる。   「もうあなたの妄想に付き合っていられないと会社は判断したのですよ。    いつまで魔女(・・)を追いかけているつもりですか?」   男は何一つ表情を変えずに博士に伝える。博士の拳は震えていた。   「魔女(・・)が失われても私は諦めていない!諦められるわけが    ないのだ。」博士は声を荒げる。   「あなたの生み出した【アンブロシア】は私たち役員に素晴らしい    恩恵を与えてくれました。その功績は計り知れない。ですから我々も    心苦しいのですよ。」         「あんなもの魔女(・・)の力に比べたら塵のようなものよ。」   博士の怒りは収まらなかった。  
/2335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加