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 気付けば俺は、細い山道をゆっくりと上っていた。舗装されていない土の小道で、緑の草が生い茂っている。軽トラがギリギリ通れるくらいの道幅で、左手は山肌、右手は崖になっていて足を踏み外すと落ちてしまうような道だった。  この景色は知っている。山はそれほど高くなくて、坂を上り切った所には大きな平屋の日本家屋が建っている筈だった。――ばあちゃんち。  そういえば、俺は……いや、僕は、夏休みの数日間ばあちゃんちに来ていたんだっけ。  祖父母の家は遠くて、年に一度夏休みに行くのが恒例行事だった。新幹線に乗り、さらに船に揺られてという大旅行。じいちゃんはもう亡くなっていて、今はばあちゃんと長男夫婦が住んでいる。そして黒くて大きな犬。  小学生の僕の遊び場所は、裏山と、大きな道を渡った所にある海。夏休みの絵日記の題材として、これ以上ないロケーションだった。  朝になると、障子に鳥たちの影が舞い踊る。軒先のツバメの巣から巣立ったのか、高らかに歌い上げる声。それを聞くと僕は、ぐずぐずせずに布団からさっと飛び出す。  そして丸一日くたくたになるまで遊んで、夜は大人たちが吊ってくれた緑の蚊帳の中に潜り込む。お父さんもお母さんも、大人の付き合いとかで遅くまで騒いでいるから、寝る時は僕一人だった。二間続きの広い和室にはそこら中に暗がりがあるけれど、なぜかそれほど怖くない。長く仕舞われていた蚊帳の匂いと、蚊取り線香の匂い。枕元には、今日一日の戦利品。裏山で遊んだ日は種類の違う蝉の抜け殻を、海で遊んだ日は色んな形の貝殻を。  毎年そうやって、僕は夏休みを過ごしていた。
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