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もう随分と日が傾いて、山肌は橙色に染まっていた。山肌に建つばあちゃんちは、麓より日が暮れるのが少し早い。僕はようやく坂を上りきり、そこでばあちゃんと出くわした。
「どこに行くの?」
「お風呂を焚くんよ」
「見てていい?」
「おいでんよ」
ばあちゃんは、曲がった腰でよちよちと歩く。僕は、歩調を合わせながら、ばあちゃんの手から荷物を受け取って付いて行った。
ばあちゃんちの風呂は、五右衛門風呂で、屋外にある。ちょうど、坂を上り切った近く、厠と共に母屋からかなり離れた場所にあった。
五右衛門風呂には何度か入った事があるけれど、炊くのを見るのはこれが初めてだった。
風呂場には、大きな鋳鉄製の釜が設置されていて、下から薪で熱するタイプだ。お父さんは、木製の桶が「五右衛門風呂」で、鋳鉄製の釜は「長州風呂」なんだよってマメ知識を披露してくれたけれど、家族はみんな「五右衛門風呂」と呼んでいた。
だいたい、風呂っていうのはゆったりと寛ぐべき場所だと思うのだ。なのに、釜ゆでの刑にちなんだ名前というのが、もう意味が分からない。昔の人のネーミングセンスもだが、それを使い続けてきた大人達もどうかと思う。
焚口の所に座ったばあちゃんは、隙間を空けるようにして薪を入れていく。僕も見よう見まねで何本か薪を追加する。
「こうして、空気の道を作りよるんよ。火ぃ点けるんは、こういう細いやつ。大きいのんは、なかなか火ぃ点かんから」
ばあちゃんは大きなマッチ箱を取り出して、乾いた松葉や粗朶を火口にして火を点ける。マッチの燐の匂いと、松葉の焼けるいい匂いが漂ってきた。
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