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気付けば、ばあちゃんはずっと薪を追加し続けている。薪の火加減はよく分からない。でも、ガスで焚くうちの風呂でも、こんなに長時間焚いたら煮立ってしまうんじゃないだろうか。それこそ釜ゆでの刑のように。
ばあちゃんがまた、風呂場に向かって湯加減を訊く。すると、今までずっと「足せ」と言い続けてきた男の声が、「もういい」と返してきた。低くて重い声。
そういえば誰が入っているのだろう。お父さんじゃないし、伯父さんは大声で話す陽気な人で、声が全然違う。そしてばあちゃんちには、もう他に男の人はいない。だがこの声は、最近どこかで聞いた事があるような気がした。たぶん僕は、とてもよく知っている……だってあいつは……。
風呂場から、ざばっと湯から上がる音がした。と同時に、隣に座っていたばあちゃんが、身動ぐ気配がした。
「いかん。足止めでけんかった。逃げろ」と、ばあちゃんが囁いた。
焚き始めた頃はまだ日が残っていたのに、今はもう真っ暗だった。さっきまで何でもなかった暗闇の圧が、ぐっと上がった気がする。
ばあちゃんから、松葉でっぽうを渡された。
「これ、ぎゅうっと握れ。そんで戦え。おっとろしいもんが来るけん、絶対離したらいかんよ。絶対振り向いたらいかんよ」
――でも、ばあちゃんは?
とんと背中を押される。
「ほら、ゆけ」
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