第二章 『仮初めの日常』

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体育館の裏手は日が入りにくい位置にある分日陰が多く、高い建物が回りを遮っているために視界も悪い。 わずかな木漏れ日をお供にし、裏手へとまわれば風にのって聞こえてきた喧騒が大きく鼓膜に響いた。聞こえてくるのは静かな声音と、捲し立てるかのような煩わしい声。 様子を確認するように覗いて見れば、そこには中庭での探していた三人の姿があった。 中庭の時とは違い、今度は上級生二人は背中しか見えていない。 もう一人は上級生の背中でよくは見えないが、合間から見える黄色のネクタイからして下級生だろう。 (ーー…!) あの下級生を見た途端くらりっと、目が回る。 心臓は高鳴り、体は心臓に呼応するように体温を上げそのせいで思考が散漫になってしまう。 「お前、オメガなんだろ!最底辺のオメガは最上位であるアルファ様の言いなりになっておけよ!!おいっ」 「わかってらぁ」 目の前では下級生相手に二人がかりで押さえつけ、手を上げる上級生の姿。 それを視認した瞬間、感じていた感覚は何もなかったかのように霧散して、俺はなぜか上級生向かって一歩踏み出していたのだ。 「うわーーー足が滑っちゃたなーー!」 俺は迫真の演技(棒読み)をしながら、上級生の一人に体当たりしていく。 全体重を上級生にぶつけたためか、予想してなかったことに驚いたのか、写真にとって写したいほど笑える表情を見せる上級生の一人。 上級生一人を地面に押さえつけ、逃げろっと言うために下級生へ視線を向けると同時にー 目の前で、何かが吹っ飛んでいった。 「…は?」 一瞬、何が起きたのか分からなかった。 何かが吹っ飛んでいった方向へ顔を向けるとそこには目を回して延びている上級生の姿。 確認してみても、理解するには程遠く逆にまた混乱している。 何故、上級生が延びている? 誰が、あのガタイのいい上級生を吹っ飛ばしたのか? その答えは全て背後の人物が知っているような気がする。 顔の筋肉を痙攣させながら、下級生の方へと顔を向けるとー漆黒のチョーカーが、目の前に映る。 「大丈夫ですか?安藤先輩」 ふわりと笑みを浮かべる、後輩くん。 見慣れた顔、見慣れた声音、見慣れたチョーカー。 何故か俺を気にかける後輩ー夜渡楓。 コイツが、あのガタイのいい上級生を吹っ飛ばしたのだろうか。 こんな華奢な体で、虫をも殺せないような顔をしておきながら、一回りも二回りも体格の違う輩を気絶させるほどの力で吹っ飛ばした…?
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