第二章 『仮初めの日常』

38/43

266人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
「…いや、ねぇな。勘違いだろ」 遠目で溢しながら、夜渡の手を取って立ち上がる。 立ち上がり制服についた砂を払う。 それを物珍しそうに観察してくる夜渡。キョロキョロと落ちつきなく視線をさ迷わせているが、一体何がやりたいのだろうか。 「安藤先輩」 「…なんだよ」 「……いえ、気にならないのかなって」 「ーそりゃ気になるな。なんであそこで先輩が伸びてるのか気になって仕方ない」 ちらりと視線を向けた先には伸びている上級生の姿。 飛ばされた衝撃のせいか一人は木の傍で倒れこみ、俺が勢いよくぶつかって倒れさせた相手は打ち所が悪く気絶したようだった。相手が悪いとはいえ、少し申し訳ない気持ちになってくる。 「いえ、そうじゃなくて…僕の傍にいて、気にならないんですか?」 そこまで言われてようやく、夜渡が言おうとしていることに気が付いた。 ここに来た時に目が回るような、気分が高揚するかのような違和感があった。 恐らく、夜渡はオメガ性による生理的期間(ヒート期間)の真っ最中なのだろう。そう考えれば、さっきの俺の違和感にも納得がいく。 オメガのヒートに誘われるのは、番になれるアルファと翻弄されやすいベータが主だ。 ベータと偽ってはいるが、身体構造上ではれっきとしたオメガである俺に対しても、一時的にだが夜渡のヒートの効力がかかっていた。ー授業で習った限りでは、それは起こりえないことなのだという。 (じゃあなんで俺は夜渡に誘われたんだろうな…) 今でこそ目の前のコイツに対して何も感じていないが、さっきは…なぜか、押し倒したいという欲求に駆られていた。 「安藤先輩…?」 「別に、気にならねぇよ。俺が今一番気にしてるのは、この先輩方をどうするかってだけだな」 夜渡の困惑したような表情を流し見しながら、視線を気絶している先輩方へとうつす。 起こした方がいいのは確実だが、起こしたら起こしたで面倒くさいことになるのは目に見えている。 仕方がなく先輩方の怪我がそこまで酷くないことを確認し、タイミングよく通りかかった事務の人に先生を呼んでくれるよう頼みこんだ後、俺と夜渡は体育館裏から離れた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

266人が本棚に入れています
本棚に追加