第二章 『仮初めの日常』

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これが友やイケ担任であれば一言二言ノリで返して立ち去っていたものの、相手は後輩。下手に刺激するとかえっていらぬ噂を立てられかねない。 (あぁあああどうすんだこの状況!!俺何言えばいいんだ!!?) 別段悪い事をしたわけでもないのに謝るのも違う気がするし、かといってこのまま無かったことにして解散するのも後味が悪い。 「…なぁ」 「ーあのッ」 俺の言葉と、夜渡の言葉が最悪なタイミングで重なってしまう。 「…先輩から、どうぞ」 「………昼、時間なくなっちまう」 当たり障りのない返答がこれしか思いつかなく、目の前の重箱を見ながらそう答える。 俺の言葉に夜渡は驚いた顔をして校舎の時計を見て、安堵したのかほっと息を零していた。俺と夜渡がここにきて、10分ほどしかたっていないようだった。 「そうですね、食べちゃいましょう」 調子を取り戻した夜渡は手慣れた様子で重箱を開いていき、俺はその中身を見て思わず喉を鳴らしてしまう。 重箱は三段重ねになっており、一番上の段は六つに枠どられその一つ一つに丁寧に具材が敷き詰められていた。ぱっと見るだけでも色とりどりの食材が並び、一番に目に引いたのは綺麗に巻かれた出し巻き卵。他にも唐揚げや、枝豆、サラダなどなじみ深いものもあり、金箔のかかった具材…なじみのない高級そうな具材もあったりと、よりどりみどりだ。 二段目は九つに枠どられて、どれも一口で食べれそうなほど小さめに詰められていた。一段目にはなかったフルーツの類が均等に並んでいて、思わず手が伸びそうになってしまう。 最後の段には、これでもかというほど詰め込まれた俵にぎり。 おなじみの銀シャリの他にも、わかめ、鮭、たまご、などカラフルに鎮座している。 「お…お前これ、本当に食べていいのか?」 「はい、一緒に食べましょう」 驚愕に震える俺の発言を純粋な笑みで返し、夜渡は俺に箸を渡してくれる。 「いや、それお前の箸だろ?俺は別のでいいよ」 きっと別に箸があるだろうと思って夜渡に許可を取って風呂敷を探るが、もう一組の箸どころか割りばしすらも見当たらない。 「夜渡、割りばしとかってないのか?」 「わりばしって何ですか?」 「箸だよ、箸。割るやつ」 「箸ならここにありますけど…」 そう言って夜渡は手元にある箸を掲げてみせる。 その行動に、遠目を作ってしまう。俺の言葉はきちんと夜渡に届いているのだろうか。 確かに夜渡の持っているのは箸だ。間違いはない。 だが違う、俺の言っているのは箸は箸でも割る必要のある箸なんだ。竹などで出来たきちんとしたものではなく、木でできた簡素なものだ。 などと言葉にしてみるが、夜渡は曖昧に頷くだけでいまいちピンとこなかったようだ。 というより、なぜ重箱を持ってきておきながら箸が一組しかないんだ。 これだけの量をすべて一人で食べようとしていたのだとするならば、箸が一組なのも頷けるがー。 (ざっと見て二~三人前はあるぞ…この量) 夜渡がこの量をすべて一人で食べるのか、という突拍子もない疑問は頭の隅に置いておくとして。 そして、ないものをねだってても仕方がない。 「仕方ない…先に食べちゃえよ、夜渡」 「え、ですけど…」 「どっちにしろ、箸が一組しかないんじゃどっちかが先に食べるしかないだろ」 俺の言葉に思案気に重箱を見据えた夜渡は、何を思い当たったのか出し巻き卵をつかんで俺の口元へ持ってくる。 「先輩、どうぞ」
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