第二章 『仮初めの日常』

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「ーそういえば」 盛りだくさんと並んでいた重箱の中身を俺と夜渡で平らげてしまった後、後片付けを手伝いながら質問する。 「あの時何て言おうとしたんだ?」 「あの時…?」 「ほら…俺とお前で言いかけた時。流れで俺が先に言っちまったけど、何か言いかけてただろ」 思い出すだけでも何とも言い難い雰囲気がよみがえるが、俺の言葉を先回しにしてしまったせいで夜渡の言葉は聞けず仕舞いだったのだ。 一瞬考えこむように遠目を向けていた夜渡だったが、すぐに合点がいったように大きく目を瞬かせた。 「いえ…別段急ぐような言葉でもないですから」 重箱を風呂敷に包みながら夜渡は淡々と語る。 俯きながら片づける夜渡の顔は俺の方からでは見えず、どんな気持ちでその言葉を紡いだのか判断しづらかった。 急ぐような言葉じゃないなら、その内聞けるだろうと考え俺はその場で立ち上がる。 ここからでは校舎の時計は見えないが、焦ったように校舎内へ駆けていく生徒の姿をみかけそろそろ戻らないと授業に遅れてしまいそうだ。 俺に伴うように夜渡も立ち上がり、礼儀正しくも深々とお辞儀をした。 「今日はありがとうございました」 「いや、別に…偶然見かけただけだしな。っていうか、俺もお前の弁当貰ったんだから礼なんていらねぇよ」 俺の言葉に顔を上げた夜渡はひだまりのような笑みを浮かべ、もう一度短くお礼を言う。 誰かのために、という思いで表立って行動したことは数少ない。 だからこそ素直に誰かからお礼を言われるのはむずがゆく感じてしまう。こういう場合何て返したらいいかも分からず、照れ臭く頬をかいて背中を向けた。 「んじゃ、またな」 久しぶりに体感する感覚を逃げるようにしてその場所を後にした―—。 ◇◇◇ 中庭から下駄箱に戻ってくる頃にはチャイムは鳴り終わっており、慌てて教室に駆け込めば、いまだざわざわと騒がしくするクラスメイト。 先生の姿は無く、内心でラッキーとつぶやき席に戻った。 ー次の教科は何だったか。 教室内に掲示されている時間割を確認して、机の中から生物学の参考書と教科書、ノートを取り出そうとしたところでひらりと紙切れが舞い落ちる。ひらりはらりと、木の葉のように落ちた紙切れは俺の足元にぶつかって立ち止まった。 「…なんだこれ」 四つ折のそれを拾ったところで、今朝の記憶を思い出す。 そういえば、これはあのうさんくさい野郎から借りていたものだ。この紙切れはおそらく教科書に挟んであったものなのだろう。 そわりと、好奇心が顔を覗かした。 人の持ち物を覗く趣味なんて持ち合わせていないのだが、人は押すなと呼ばれたボタンは押したくなる性だ。そうでなくとも、目の前で答えが分かりそうな問題を先延ばしにしたりはしないだろう。 「………」 一度周りを確認したのち、机の陰に隠しながらゆっくりと開く。 俺自身も、なぜこそこそ隠れながら開く必要があるのか分からなかったが、そうしないといけない感覚にさらされた。 そして、その予感は的中する。 『unknown: 0性ー人“烏”へと移行済み。 1性二人移行作業。確認されたし。 ー又、“安藤涼太”は0性である確率が高い。引き続き、監視を怠るな』 小さな紙きれが、途端に重く感じてしまう。 震える指でなんとか持っているものの、気を抜くとその重さに掌が持っていかれそうだった。 「ーな、んだよ、これ……」 ぽつりとつぶやいた言葉は、タイミングよく入ってきた教師の声によって掻き消える。 騒がしく着席していくクラスメイトを横目で見ながら、元あったように折りたたみスラックスのポケットへと忍び込ませた。 何かが。 何かが変わってしまうきっかけを作ってしまったのではないかと、俺は漠然とした恐怖を内に秘めた。
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