第三章 匂い

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 ソファに戻ると、早速ヤツは俺の胸に顔を埋めるようにして抱きついてきた。豊かな胸があるわけでもないのに何が楽しいんだか。 「はぁぁぁ、やっぱ落ち着く。斎の匂い……」  うっとりした声でそう言われて、呆れてしまう。 「ボディソープだろ」と言っても、埋めたままの頭をふるふると横に振っている。 「ちがう、斎の匂い」  あぁ、そういえばコイツが大型犬だってこと忘れてた。犬だったらさぞやしっぽを振り切れんばかりに振っていることだろう。  わしわしと頭を撫でてやるとさらにぎゅううと腕に力をこめて抱きしめられた。 「いてぇよ」と、今まで撫でていた頭を今度はぺしんとはたく。  それでも何も言わずにぎゅっと抱きしめ続けている。  俺のことを怒るでも詰るでも咎めるでもなく。  その様子は本当に、例えどんなに裏切られても手ひどい仕打ちを受けても闇雲に主人を慕う犬のようで、俺を少し切なくさせた。 「ごめんな」  するりと口から転がり落ちた言葉に、バカ犬は俺の胸にまだ顔を埋めたまま、ふるふると首を横に振った。     
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