君と

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井の頭公園に着くと、二人はベンチに座ってサンドイッチを食べた。 朝は未だ少し寒さが残るが、お昼頃にもなると日差しは暖かだった。あと数週間で桜も開花して、この辺りは花見客で賑わうだろう。 「気持ち良いね。」 真奈美は伸びをしながら言う。その猫のような仕草が本当に貴子に似ている。 「ママはさ、パパのこと今も好きだと思うな。」 真奈美は言った。 「ママは確かに気まぐれなところあるけど、一度好きになったものは決して嫌いにならかったから。」 傷心の父親を気遣うように真奈美は隆司の手を握った。二人は暫くの間、押し黙ったまま、池を見つめる。池にはスワンボートが数艘浮かんでいた。 隆司はふと貴子とボートに乗ったことに思いを巡らせる。 その時貴子はボートに乗ろうと言って聞かなかった。ボートのジンクスを気にしたのか、あるいは単に気乗りがしなかったのか、何故か隆司は反対したのだ。 ータカシくんは妙に冷めているところがある。自分の人生を横で眺めているのよ。 貴子は唐突に言った。ボートに乗らないことが、何故そんな話になるのかその時隆司には理解出来なかった。 しかし、今、隆司は思う。自分はいつの間にか主体性を失っていたのだ。自分の人生の主役を降り、観客席で物語の進行を眺めるようになっていた。自分という存在が手からするりと溢れ落ちる。 貴子が自分から離れたのも、このことが原因だったのだと確信する。自分は再び人生の壇上に自ら上がらなくてはならない。そうしなければ、いくら貴子を探したところで、彼女を取り戻すことなど出来はしないのだ。 隆司は何故かすっきりとした気持ちになった。握った手からそれが伝わったのか、真奈美が隣で優しく微笑んだ。 「なあ、ボートに乗ってみないか。」 気づいた時には真奈美の手を引っ張って、隆司はスワンボートに乗り込んでいた。
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