娘と

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井の頭公園から戻り、日が暮れるまで二人は粘ったが、結局貴子は現れなかった。そもそも、こんなこと無理があるのではないかと隆司は早くも諦めを感じていた。薄茶色のコートを着た女性は山ほど吉祥寺駅のホームに立ったが、どれも貴子では無かった。 貴子が吉祥寺に来たのは何かの気まぐれで、もう二度と訪れないかも知れない。あるいは今となっては、真奈美が見たその女性も貴子であったかどうかも分からない。 「ねえ、明日も探すでしょ。私の家に泊まっていって。」 真奈美は本日の捜索を断念すると、隆司に言った。 「寝る場所はあるのか?ワンルームと聞いていたけれど。」 隆司は未だ一度も真奈美の東京の家に行ったことがなかった。娘の心配はあったが、隆司は本心のところ真奈美が東京に行くことに反対だったし、部屋を見に行ったらその心の中の抵抗すら屈服してしまうようで、少し意地になっていたのだった。 「私はソファーで寝るから大丈夫。ママが家に来るときはいつもそうしてたわ。」 確かに、失踪する少し前までしばしば真奈美に会いに行っていた。やはり、貴子は真奈美のところにいるのではないかと隆司は疑った。 「分かった。明日も探そう。」 隆司は諦めたように言った。 真奈美の家には下北沢にあった。 吉祥寺から井の頭線で20分弱、懐かしい電車に乗って娘の家に向かう。真奈美の所属する劇団は主に渋谷の小劇場で活動いてるから、下北沢は通いやすい場所にある。 下北沢には多くの古着屋があり、真奈美はその1つでアルバイトをしていた。同業と思しき若者に何度かあいさつしながら、真奈美の家にたどり着いた。 真奈美のアパートはかなり年季の入った建物で、しかし下北沢の街の中に良く馴染んでいた。 外階段を上った角部屋が真奈美の部屋だった。ワンルームの小さなスペースに、ベッドとソファーとテーブルが並んで配置されていた。それ以外には特別家具もなく、ひどくすっきりとしていた。 「何にも無いでしょ。私、あんまり家にいないから、必要なもの以外置いてなくて。」 「ごめん、あとお風呂も無いの。荷物を置いたらすぐ銭湯に行こ。近くにあるから。」
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