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 開店前の店内に入り、中で作業していた店長の牧村仁志に声をかけた。作業しながら「おう」とだけ返事を返す牧村に会釈をし、挨拶もそこそこにロッカーに入る。そこで仕事着に着替え、すぐさまカウンターに入り牧村の隣に立った。  開店準備は時間との勝負だ。とは言っても、オープンから共に働く二人は、すでに勤続五年目だ。 「昨日の試合観たか?」 「野球ですか?」 「違う。昨日は女子バレーだ」 「そうですか。まぁ、どっちにしろ観てないですよ」 「なんだよ、面白くねえな。ちょっと俺に語らせろ」  手は休むことなく作業を続けているが、慣れてしまえば単純作業なので口はよく動く。だが、話すのは八割以上が牧村だ。  スポーツ観戦が趣味だという牧村は、一体いつ観ているのかと思うのほどにスポーツの話題に切れ間がない。これがオリンピック開催年になると会話量が倍以上に跳ね上がる。今年で四十になるのにまだまだ若いなと思いながら、涼一は適当に聞き流す。基本言いたいだけ聞いて欲しいだけの牧村は、それで十分なようだ。  いつものように相槌を打つだけのスポーツ話を聞きながら、機械的に開店準備を進めていく。店内にはモーニング限定の焼きたてクロワッサンと挽きたてのコーヒー豆の香りが満ち、くつろぎの空間が出来上がる。開店準備を終えて時計を見ると七時三分前。いつものタイムだ。 「よし。涼一、開店」 「はい」  出勤時間のビジネスマンは忙しく慌ただしい。そんな貴重な朝の時間にアダージオに来ることを日課にしてくれている常連客は多い。だからこそ、いちいち開店時間を待たず、準備が出来次第店を開ける。それが牧村の方針だ。  店のドアを開いた状態で固定し、外にOPENのプレートを出す。すると、開店を待っていた一番客が爽やかという言葉が似合う笑顔を見せた。 「おはようございます、高垣さん」 「おはようございます、敦賀さん。お待たせいたしました」  朝一の常連客に涼一も明るい笑顔を返す。 「いつもお待たせしてすいません」 「いえいえ。俺が勝手に開店前から待ってるだけですから」  アダージオは常連は多いが行列ができるほどの繁盛店ではない。だが、敦賀誠司は一番客で来ることが日課なようで、いつも開店前から店の外で待ってくれている。
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