360人が本棚に入れています
本棚に追加
先ほどの鋭さが一瞬で掻き消え、里仲は落ち着いた大人の笑みで涼一の髪を撫で、立ち上がった。
「たまには俺との別れを惜しんでくれてもいいんじゃないのか?」
「十分惜しんでますよ。里仲さんが帰ったら寂しいなーって。寂しい寂しい寂しい。これで満足ですか?」
全く感情のない『寂しい』を連発して、もう寝ると言う意思表示で里仲に背中を向ける。
里仲は軽口を言って遊んでいるだけ。実際に彼の要求を鵜呑みにすれば、面倒だと捨てられるだけだ。だからこそ、涼一は里仲に背中を向けて本心を押し隠す。
「本当に、涼一はよくできた子だよ」
当然だ。里仲がそれを望んでいるのだから。そして涼一は彼が望むよくできた愛人に擬態する。それが、涼一にとって彼と一緒に過ごす手段だ。
こめかみに触れるだけのキスが落ちてくる。それを別れに、里仲はなんの名残も感じさせずホテルの部屋から出て行った。
「……硬い」
安いダブルベッドを一人で半分だけ使う。空いた場所に触れても冷たく乾いた感触しかない。だが、その部分のシーツを掴みなにもない場所に里仲の気配を探す。たとえ同じホテルを毎週利用したところで、そこに生活感が残るはずもない。
「虚しい、な」
誰もいなくなった空間で、ようやく物分りのいい愛人のふりを止める。愛の無い、身体だけの関係。何度も繰り返してきた事に慣れたはずなのに、虚しさが消えないのはなぜなのだろうか。
そして涼一は、いつものように名残を探して目を閉じた。眠れぬ夜に耐えるために。
最初のコメントを投稿しよう!