2人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
そうだ、風呂でも洗おうか――
立て込んでいた仕事が山場を過ぎ、チームのメンバーと飲み明かした翌日。私が目を覚ましたのは、すっかりと日が落ちた夕方の事だった。
夕方ともなれば後は再び寝るだけだ。わざわざ着替えて外出する気にはなれないが、既に10時間以上寝続けた体は二度寝を拒み、私は久し振りに掃除でもするかと体を起こすこととした。
家に帰っては寝るだけの生活を送っていただけあってリビングは片付いているし、前にいつ使たか思い出せないキッチンは生活感すら存在していない。
だったら毎日使っている風呂でも掃除しようかと、風呂場へ向かったのが一時間前の事。せっかく洗ったのだから久し振りに湯に浸かろうかと、湯を張り始めたのが十五分前の事。
私は今、入浴剤を片手に、久方ぶりの湯船に浸かろうとしている。
『名湯バスツアー』
乗り物のバスと浴槽のバスを掛けたのであろうふざけたネーミングの入浴剤は、いつだったか社内の余興で貰った物だ。1位が高級料亭の食事券、3位が遊園地ペアチケット。そんな中、この入浴剤は2位の景品だった。
普段なら入浴剤など誰かにあげてしまっただろう。けれど、遊園地のペアチケットよりも高価な入浴剤など、聞いたことが無い。自分で買うことは無いのだからと少しだけ興味が惹かれ、いつか疲れた時にでも使おうと脱衣所の棚にとっておいた。疲れた時は入浴どころではなく、予定よりも少しだけ遅くなってしまったけれど。
『効能:お風呂で思い出に浸かることが出来ます』
普通なら肩こりや腰痛、疲労回復等の言葉が並ぶ欄には、そんな不思議な効能が記載されている。原材料を見てもアレルゲンフリーと書いてあるだけで、具体的な効能を推測することも出来ない。
私は考えることを止めて、袋を開いた。どうせ使えば分かることなのだ。
湯船を前にしているとは言え、さすがに全裸では体が冷えはじめていた。熱々の湯船を前に寒気を感じるなど、馬鹿らしいことこの上ない。
袋の中には、飴玉ほどの丸い玉が6つ入っていた。赤、青、緑、黄色……それらはの本物の飴玉のように、半透明に輝いている。
なんだか一度に混ぜてしまうのも勿体ない気がして、私は一番上にあった赤い玉だけを摘み、浴槽へと投げ入れた。
玉はしゅわしゅわと溶け、浴槽を少しだけ赤く染めた。
最初のコメントを投稿しよう!