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と、すれば。『シュウ』と呼ばれた子供は、幼い私、なのだろうか。
『お父さん、早く早く』
『そんなに慌てなくても……。まだ時間はあるんだから』
『あくのそしきはそんなの守ってくれないもん』
子供、もとい幼い私は痺れを切らし、父の背中を押し始める。
これも入浴剤の効果なのだろうか。自分の手を見ると、まるで水のように透明になっていた。
再び顔をあげると、流れ出る水のように親子の姿はゆらゆらと揺れながら姿を消し、今度は実家の風呂場が映し出された。
『にとうりゅうブルーパンチ』
僕は水鉄砲を両手に、悪の幹部である父を勇ましく攻撃している。けれど洗面器ヘルメットで防御を固めた父にはてんで効果が無いようで、悔しそうに頬を大きく膨らませていた。
『ははははは、武器に頼っているうちはブル―など敵ではないぞ』
父は大人げなく、大きく動いてお湯を揺らす。僕は浴槽につかまって、必死で攻撃に耐えている。
――そうだ、思い出した。これは小学校に上がる少し前の事。近くのショッピングモールにヒーローショーがやってきた日の思い出だ。僕は一番前で大好きなイルカブルーが見たくて、それで早く早くと急かしたのだ。ブルーの必殺技の水飛沫を浴びた僕は『これで僕もブルーになれる』と大満足で家に帰り、すぐさまお風呂へと駆けこんだんだ。
懐かしさに浸る僕を無視し、僕は果敢にも父に反撃を試みていた。湯を揺らす際に手放した洗面器を奪取し、父の防御を無効化したのだった。
『ゆだんたいてき!!』
奪った洗面器に湯を汲み、父めがけて思いっきりぶちまける。
『卑怯だぞ』
と、顔を拭う父は、楽しそうに笑っていた。最後に会ったのは、いつだったろうか。
父が更なる攻撃を加えようとした時、世界が再びぐにゃりと歪む。それから静かに流れて行って、今度はただ、水で歪んだ浴槽が映るだけだった。
一体どれだけ沈んでいたのだろう。さっきまで感じなかった苦しさを感じ、僕は酸素を求めて水上へと浮かび上がった。でもそこにはいつもと変わらない寂しい浴室があるだけで、お湯の色と匂いは綺麗さっぱり無くなっていた。
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