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「何だったんだろう、今の」
疑問を口に出してみるものの、心当たりなど一つしかない。僕は今まさに『お風呂で思い出に浸かって』いたのだから。それが少し、信じられないだけで。
胸には確かに、ブルーに会えた喜びと、父と戦ったドキドキ感が残されている。
僕は急いで次の玉を取り出した。色は黄色。今度はなんだか埃っぽい匂いがする。けれど予想などできるはずも無く、僕はお湯の中に投げ入れると、すぐさまその中へと潜り込んだ。
次の瞬間、僕の目に映ったのは、真夏のマウンドでボールを投げている俺の姿だった。
『市原ー!がんばれーー!!』
あの頃は緊張で聞こえなかった応援が、俺の耳一杯に響く。
俺がボールを投げているということは中学2年の夏の事だろう。自分の投球を見ることなど無かったから、改めて自分のフォームを見るとついつい口を挟みたくなる衝動に襲われた。
試合は5回裏の3対1。相手は笹宮大付属。となれば、地方大会の第2試合か。取り立ててミスもしなかったはずだと、少しだけホッとしながら試合を見守る。俺は高校で野球を辞めてしまったから、ここにいるほとんどの奴らとはもうしばらく会っていない。
互いのベンチからはドラムと金管楽器、それから喉を傷めそうな程の力強い声が響いていた。
そこそこ広いであろう市営グランドは、半分ほど埋まっている。当時は投げることに精いっぱいで、こんなに沢山の人が応援に来てくれていたことなんて気が付かなかった。
「あ、嘘……」
だから、だろう。私は両親が試合に応援に来ていたことなど、今まで知らなかったのだ。北側スタンドの後ろから三列目。二人並んで俺を応援する姿を見つけたとき、思わず間抜けな声が出た。
学生は夏休みといえど父は仕事で、恥ずかしいからと応援を断ったはずだった。両親も両親で、『行くよ』とも『行ったよ』とも言わず、いつも通りだったのに。
俺が両親の姿を見つけて直ぐ、世界に波紋が広がって、黄色の湯は役目を終えた。
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