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湯覚めした後の寂しさを埋めようと、私は次から次へと飴玉を入れていった。
特段、日常に不満があったわけではない。仕事は忙しいけれど最近は責任の重い案件も任せてもらえるようになったし、時折友人たちと飲みに行ったりもしている。だから成功者とはいかなくても、普通の大人として、それなりに充実した日を送っていると思っていた。
知らないうちに心が冷えていたことに、私は気が付いていなかったのだ。
入浴剤が見せる記憶に秩序はない。桃色は俺に初めて彼女が出来たときの記憶、緑色は本を読む母の傍らで僕がすやすやと眠る記憶、白色は家族で雪山に旅行に行ったときの記憶をそれぞれ映し出した。青臭い言動にハラハラしたりさせると思いきや、安心して眠る横顔に穏やかな気持ちになり、かと思ったら懐かしい気持ちで胸いっぱいにさせる。
帰って、寝て、出社して。気付かぬ間に会社中心となっていた私の心に、自分が主役だったころの世界の輝きが蘇りはじめていた。
私は、ワクワクしながら最後の一粒を湯に入れる。
玉は泡立ちながら溶け、湯は青く色づいた。
すすり泣く声が聞こえる。
よりによって最後に悲しい記憶なのかと、少しだけ入れた順番を悔やんだ。
どんな悲しい記憶なのだろう。友達と取っ組み合いの喧嘩をしてひどく怒られたときの涙だろうか、それとも飼っていたインコが逃げ出したときの涙だろうか。
私はおそるおそる目を開ける。と、そこは見知った浴室だった。ここではない。社会人になって家を出るまで住んでいた、実家の古い浴室だ。
その中で一人、声を押し殺すようにして俺が泣いている。
俺以外の人にとっては手掛かりすらないこの光景。けれど俺には、これがいつの涙か直ぐに思い出すことが出来た。これは大学2年の冬の事。
――母さんが亡くなった時の記憶だ。
病が見つかったときには時に既に遅く、それでもと僅かな可能性にかけて何度か手術をするものの、終に助かることなく母はこの世を去った。
母が体調不良を訴えたあの時に無理やりにでも病院へ連れて行っていれば、もっと母と一緒過ごしていればと何度後悔したことだろう。 けれど疲れ切った父の前で泣くことは出来ず、泣き続けている妹の前でも泣くことが出来ず。二人の前では気丈な兄を気取って、浴室で一人泣いていた。
そしてひとしきり泣いた後、製薬会社に、今の仕事に就こうと思ったんだ。
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